人々が企業に抱いている間違った期待 (企業とは契約書の束である)

いまさらながら派遣切りとか派遣村とか云々について思ったことを書いてみる。
猫も杓子も不景気だと騒ぎ立てているこの世の中。昨年の終わりごろから「残虐非道」な企業が派遣社員を「」のように扱い「血も涙もない」派遣切りを行い、社会的な問題になっています。

・・・というのが、良く聞く話ですが、はたしてそうでしょうか?
私たちは冷静に事態を把握する必要があると思います。


最初の疑問は、「企業」が「残虐非道」なことをするのか?という点です。これは非常に曖昧な疑問ではありますが、この「企業」を具体的に「キャノン」の置き換えて考えてください。これを読んでいるあなたは今どんな映像を思い浮かべていますか?キャノンの残虐非道なロゴですか?東京都大田区にあるキャノンの残虐非道な本社ビルですか?大分県にあるキャノンの残虐非道な工場ですか?いったい誰ですか?
バファリンの半分は優しさでできていますが、企業とは契約書の束でできています。そこには1%の優しさも、1%の残虐性も含まれていません。企業を人のように考えてそこに人間性を見いだしている間は感情的にわかりやすい話かもしれませんが、何の問題解決にすらなりません。それどころか問題をよりいっそう深い闇の中に自分から葬っているようなものでしょう。


え?「言葉のアヤくらい理解しろよボケナス」ですか?「キャノンと言ったら御手洗冨士夫とその不愉快な仲間たちのことだろ空気嫁」ですか?はいそうですか。わかりました><

では「御手洗冨士夫とその不愉快な仲間たちが残虐非道な派遣切りをしている」という仮説を立ててみましょう。次に「なぜ御手洗君らが残虐非道な派遣切りをしているのか?」という疑問が浮かんできます。派遣社員を物のように扱っているから」「金のことしか考えていないから」「派遣社員はそもそも雇用の調整弁だから」・・・ちょ、ちょっと落ち着きましょう。

なんだか話がわかりにくくなっています。そうだ、逆に考えるんだ。「雇用し続けちゃえばいいんだ」って。つまり、「御手洗君らが優しく派遣社員を雇用し続けた場合」を考えてみればいいんだ。チェスや将棋で2手3手先まで読むように、このシナリオについて考えてみよう。

キャノンは派遣社員を雇い続ける

キャノンのカメラだけちょっとだけ高くなる[*1]

そして俺はペンタックスを買うここでチェックメイト


しかし「優しい人がバカをみる社会は良くない」と言う人もいるでしょう。私もその意見に賛成です。派遣社員を雇い続けた優しいキャノンですから、皆で少しだけ高いキャノン製品を買えば派遣社員を雇い続けることができるので問題解決のはず・・・ですがやはりそうは問屋の倉庫です。これはある一定数以上の消費者が(少しだけ高い)キャノンの製品を買う場合に成立する話です。自分以外のみんながキャノンの製品を買ってくれればいいわけで、やはり私はちょっとだけ安いペンタックスが買いたくなります。同じようなことを皆が考えて、結果、多くの人がペンタックスのデジカメを買うことになってしまい、先ほどの前提は成立しません。
[*2]
こうした行動を起こすのは消費者だけではありません。株主だって黙ってはいませんよ。自分に回る配当が減るかもしれないので、別の会社に資金を動かしてしまうかもしれませんし、そもそもそうなる前に「派遣社員を切れ切れコール」が始まるかもしれません。

こうして見ていくと、消費者や株主とはまったくもって残虐非道です。・・・おっと、2番目の疑問の答えはここにありそうです。残虐非道なのはキャノンのロゴでも富士雄君でもない、つまり私でありあなただ。消費者であり投資家だ。

「私は違う!」と言う人もいるかもしれない。私もできれば残虐非道な消費者ではありたくない[*3]。でもよくよく自分自身を振り返ってみよう。私たちは一円でも安く物を買うために比較サイトを渡り歩いて最安値を探し出し、一日でも早く自宅に配送してくれる業者を選んでしたり顔です。[*4]その結果、企業は一円でも安い物を一日でも早く発送しようと努力し、巨大倉庫に物を詰め込んで低賃金で労働者を働かせることもいとわないでしょう。生産調整という効率的な判断の結果、派遣切りも実行するでしょう。そうでもしなければ会社は消費者からも投資家からも(つまりあなたから)すごいスピードで見放されてしまうのです。

後味の悪いことを言って良いならば、アマゾンの倉庫が劣悪な労働環境であるのを知りながら今日もワンクリックでお急ぎ便の恩恵を受けているあなたは残虐非道であると言えます。

まあ挑発的なことはこのくらいにして、前向きに解決策を考えてみたいと思います。
昔の人は言いました。「個人が自己の利益を(利己的に)追及することで、結果的には社会全体の利益に通じる」と。ここにはお約束的な注意書きが必要だと思います。「*ただし適切なルールのもとに限る」と。

今回のような派遣切りの問題を企業の社会的責任や正義に求めるのは非論理的です。消費者や投資家の正義感に求めるのは非現実的で限界が見えています。本来、企業には善悪などないはずです。企業とは契約書の束である。言い換えれば法律の結晶でもあります。そしてその法律を(間接的に)変えられるのは他でもない、私たちであるはずです。

答えとなるルールが派遣禁止(or見直し)、正社員の解雇規制緩和、それ以外の何かなのかはわかりません。しかし、必要なのは感情論ではなくてルールの作成or改正であることには変わりありません。

*はてなダイアリー2回目にしていきなり難しい話を書いてしまいました><正直すこしだけ後悔している。

*1:内部留保を使えば価格に転嫁しなくてもすむという意見もあるかもしれませんが、どのみち競争力が落ちるという点で見れば同じことですよね (同様に正社員の給与引き下げで吸収しても競合他社に後れを取ることになる)。パイは有限なのです。

*2:こうしたジレンマでは分母(対象者)が大きいほど裏切り者(ペンタックスを買う人)は多くなると思います。

*3:私は今日、アマゾンで本を買うのをやめて近所の本屋に行きました、マジ話です。でも品揃えが悪いので結局買わずに帰ってきました。

*4:Amazonの配達を指定した日付・時間帯に届くようにする方法(ペリカン便の裏技)というエントリが400件以上のブックマークをたたき出してホッテントリしていますね。